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人妻への恋 (11)

金曜日の夜、私は真奈美さんと約束した下北沢の待ち合わせ場所に向かいました。

彼女が何回か行ったジャズ喫茶が落ち着いた雰囲気で、生命保険のプランを説明するのにちょうどいいからとのことでした。

私は真奈美さんと会う前から、何度も彼女との交換条件… 保険の契約をする代わりに、彼女が一度限りの性行為を受け入れることの「提案」を切り出す筋書きを、想いの中で繰り返していたのです。

駅から数分の場所にあるジャズ喫茶は、週末ながら客の数も少なく、抑えた音のジャズが静な空間に流れています。



私は店の中を見渡して真奈美さんを探しました。
彼女は奥まった隅のテーブルから私に手で合図をしています。

「ここの店の場所、すぐに判りましたか?」

笑顔で話しかける彼女の表情が、卑怯な企みを胸に抱く私の罪悪感を駆り立てます。

「ちょっと迷ったけど、すぐに見つけましたよ。元々、下北沢は道が判りにくいですから」
「ですよね。私もよく迷子になります」

小さなテーブルを間に挟み、真奈美さんの近くで向き合うことに後ろめたさが込み上げました。

そんなこと構うな…
契約の交換条件を出すだけじゃないか…

息苦しさから逃れるように、私はテーブルの上に出されたグラスの水を飲み込んだのです。

「じゃあ… 早速、保険について説明しますね。あ… その前に飲み物の注文がまだですよね」

真奈美さんが手渡してくれたメニューの中から彼女のお薦めを選びます。

いつの間にか、彼女が用意したペースに乗せられていることに少し焦りを感じました。今夜、私には大切なシナリオがあるのです。



落ち着くんだ…
最後に主導権を握ればいいんだ…

もう何時間か後には、彼女の着衣の下に隠された肌の全てを想いのままに出来る筈なのです。

真奈美さんは鞄から取り出したパンフレットと資料をテーブルの上に置いて、生命保険の説明を始めました。

自慰の夢想の中で、幾度も私の精の迸りを受けた真奈美さんの姿が、目の前に実在する彼女自身と重なり合います。

私は胸の高鳴りを押し殺しながら、今夜の筋書きを切り出すタイミングを伺っていたのです。

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人妻への恋 (12)

真奈美さんは保険の説明を終えると、小さく深呼吸をしました。

「私の説明で判って頂けましたか… 保険っていろいろ複雑ですから、上手く説明できたか…」

「はい… 大体は判りました…」

言葉とは裏腹に、私は殆ど説明を聞いていませんでした。聞こえていなかったと言う方が正しいのかも知れません。
真奈美さんが話している間、頷く素振りをしながら、心の中で「交換条件」を彼女に持ちかける言葉を探していたのです。



「じゃあ… 質問があったらどうぞ」

今だ… 今、言うんだ…

「ん… あの…」

私の心臓は、まるで一つの生き物であるかのように激しく鼓動を続けます。
口の中は乾ききり、背中は火照る熱さで汗が滲んででいます。
言ってしまえ… これは取引なんだから…
もしかしたら、彼女だって条件を出されるのを待っているのかも…

「あの… もし… 保険に契約したら… 」

私の言葉はそこで途絶えました。それは理性などではなく、私自身の小心が続く言葉を呑み込ませたのです。

「え?… 」

真奈美さんは、私の口から出掛かった続きを聞きただそうとしました。

「もし契約したら… その代わりに… あの… 」

緊張と焦りで口元が震え、言葉が上擦ります。
最も大切な最後の交換条件が固まりとなって喉につかえ、口から出ようとしません。

この場で何を躊躇っているんだ…
そのつもりでここに来たんだろ…



焦りは動揺に変わり、硬直する体から汗が浮き出ます。目の前にいる性の理想が、私にとっては遥か遠い存在にすら思えたのです。

真奈美さんは女性の本能で私の変化を感じとったのかも知れません。明らかにそれまでの私とは違う思惑と企みを察した様子です。

二人とも無言になりました。
ほんの数秒だったとしても、私には長い時間に感じられたのです。

「じゃあ… そろそろ帰りましょうか。二度も時間を頂いてありがとうございました。」

それは先ほどまでの真奈美さんとは全く違う、笑みの消えた無機質な言葉と態度でした。
彼女はテーブルの上のパンフレットと資料を封筒に入れ、私に手渡しました。

店の外は人通りも減り、灯りを消している店もいくつかあります。私は真奈美さんの少し後ろを離れたまま、互いに言葉を交わすこともなく駅へと歩いたのです。

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人妻への恋 (13)

駅まで歩く私の体からは力が抜け、周りの様子も目に入りません。俯いたまま、ただ黙々と真奈美さんの後ろを歩いたのです。

「じゃあ、私は小田急線で帰りますから。川島さんは逆方向の新宿経由ですね…」

私はただ無言で頷きました。

「私は気にしていませんよ… 契約する代わりの条件を出す男性は多いですから…」

彼女から言葉をかけられても、私は伏せた目を上げることが出来ませんでした。

「もちろん、全てお断りしてますけどね…」

見透かされていたんだ…
保険の交換条件など、彼女にとっては浅はかな魂胆だったんだ…

真奈美さんの体を自分のものとするために、交換条件という卑劣な方法で叶えようとした私を、きっと彼女は軽蔑していることでしょう。
私は真奈美さんから向けられる見下すような視線を逃れるように、顔を伏せたままうなだれていたのです。



「川島さんは彼女… いるの?」

「いえ… いません…」
「そうなんだ… じゃあ… 許してあげるから、あまり気にしないで」

理想としていた女性からかけられたその言葉は、私にとっては憐れみにも似た耐え難いものでした。
今すぐにでもこの場から走って逃げ出したい衝動を、かろうじて堪えていたのです。

「保険は契約しなくても構いませんから… じゃあ、これで失礼します」

真奈美さんは私に背を向けると、振り返ることもなく改札の方へと歩いていったのです。

これほどまで、自分自身に対する惨めな気持ちを感じたことは無かったでしょう。
蔑まれ、憐れまれながら立ちすくむだけの自分を正当化する言い訳すら見つかりません。

私は別の改札からホームへの階段を登り、新宿行きの電車を待ちました。人のいない奥の空間で、今夜の出来事から自身を遠ざけるように立ちすくんでいたのです。

「川島さん…」

私を呼ぶ声に驚いて振り返ると、先ほど別れたばかりの真奈美さんが笑みを浮かべながら立っていたのです。

「ちゃんと反省してたのかな?」

とっさの事に口から返事がつかえ、ただ頷くことしか出来ませんでした。



「明日、休みでしょ。罪滅ぼしに買い物に付き合える?」
「え? 買い物に…」
「そう… 新しいDVDレコーダーが欲しいんだけど、あまり詳しくないから。男の人ならそういうのよく知っているでしょ」
「は… はい、大丈夫です…」
私は彼女から言われるままに次の日の約束をしたのです。
間もなく、ホームに入ってきた電車のドアが開きました。

「ほら… ドアが閉まっちゃうよ」

真奈美さんに促され、私は慌てて電車に飛び乗りました。

「前に保険の書類に書いてもらった川島さんの携帯番号に電話するから」

彼女はそう言うと、ドア越しに手を振ります。

電車が走り出し、彼女の姿が視界から消えてから、私はやっと今しがたの経緯を理解出来ました。

明日、また真奈美さんと逢えるんだ…
もう二度と口をきいてくれないと思ったけど、彼女から誘ってくれた…

真奈美さんの態度が変化した理由は、彼女自身でなければ判らないことなのでしょう。
そんなことよりも、完全に途切れてしまったと思った真奈美さんとの関係が、再び繋がったことへの嬉しさと安堵が込み上げてきたのです。

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Author:川島ゆきひと
東京都内に住む30代の会社員です。

数年前に、ある方と知りあったことをきっかけに、寝取られと夫婦交換の世界を体験しました。

それ以来、愛する妻が他人に抱かれ、相手の望みを受け入れる姿の虜になってしまったのです。

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